2016年桐野夏生がパリで言ったこと

お久しぶりです。というかはじめまして。。かしら。

このブログは今までプロヴァンスカルチャーツアーに関するブログばかりを書いてきました。いわゆるプロヴァンスのキラキラ情報です。もちろん美味しいお店、素敵なスポットは大好きなのですが、プロヴァンスがそれだけでもないことはみんな知ってます。ただプロヴァンスはそうであってほしいと願うだけで。

思うところはいっぱいあって、でも仕事上だからと、キラキラを意識して、そしてだんだん自分が辛くなってきて、自分らしい文章が書けなくなって、2年ほど更新がとまってました。(私はキラキラ無理です)

そもそも広告ブログを書こうだなんて、不器用な私には無理な話でした。

(ただキラキラ情報だけのお仕事も実はやっているのでそれはそれでそっちでキラキラやります。)

まぁそんなことで、大それたスケベ心を改め自分の好きなことを書いていく原点に戻ることに決めました。

(実はただいま新パリサイトの再編成中真っ盛りなのですが、今回はこちらにブログを書き溜めたいと思います)

さて、先日パリ日本文化会館で行われた桐野夏生の江戸川乱歩シンポジウム関連の講演会へ。忘れないうちに心に残った言葉。

「多様化を認めるためだけのポリティカリー・コレクトを求めるためだけに物事や発言が凡庸になりつつある」

「日本語は日本列島だけで消費完結されている」

「小説が人間の多様性をタンポする」(たんぽのいみがわからなかった)

「相対化の訓練が大事」

「狂気とは究極の孤独」

「小説家は映画やドラマの原作のためにかいてるのではない」

「文章を読み終えたあとの疲労感は想像力を使った疲労」

「文学とは醜い自分を見つけること。正しいことは親や社会や宗教で習う。それではない部分に目を向けること」

「紙をにおぎ、活字の組みの美しさを見つけ、ページを折ったり、破ることもできるのが本」

「村上春樹は説教臭いんじゃないかしら」

「日本では家族価値観の重要性に回帰するという地球規模の流れと反する現象がおきている」

「女性の貧困が男尊女卑につながっている」

「昔は表現が文学しかなかった。今は映像もドラマもネットもなんでもある」

プロの売れっ子作家の話を聞いたのは初めてだったのでほんとに刺激になりました。あと知人の話も出てきたりして。。あんなかっこいい作家に同世代に生きられて本当に良かった。グロテスクも、ミロシリーズもほんとうにわくわくして読みましたもん。電子書籍には消極的なのであまり海外日本語読者には優しくないんだけど、文句は言えません。だって紙や装丁の美しさには電子書籍なんぞ何もないでしょう。

今の日本の出版業界の問題点もいろいろお話されてました。
又吉ショックや、作家さえも消費されているという憂い・・

とりあえず、私ごときが厚かましい話ですが、共感者がいたという喜びを感じた講演会でした。

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